《グロップサンセリテ ワールドアスリートクラブ×車いす陸上》パラブームをけん引する岡山発のパラ陸上実業団。2020年、世界の頂点を目指す。
2020年夏開催予定の東京オリンピック・パラリンピックまではやあと1年。
柔道、水泳、バスケットボール、テニスなど注目の競技が目白押しの東京大会だが、世は空前のパラブーム! トップアスリートが結集する『WORLD-AC』の活躍も目が離せない。
彼らの挑戦に心動かされたとき未来はきっと輝きを増す。
パラスポーツへの注目度が、飛躍的に高まっている。マスコミがパラスポーツを取りあげる機会は以前より格段に増え、最近はパラリンピアンを起用したテレビCMも頻繁に目にするようになった。そんな盛りあがりを見せる日本パラ界だが、中でも注目したいのが岡山発のパラ陸上実業団『WORLD‐AC』だ。
発足は3年前と歴史は浅く、本誌で「初めてその名を知った」という人もいることだろう。しかしその選手名簿に名を連ねるのは、そうそうたる顔ぶれ。松永仁志選手(46)は3大会連続でパラリンピックに出場したいわばパラ陸上の顔ともいえる存在で、佐藤友祈選手(29)はリオ大会の銀メダリスト。生馬知季選手(27)は次回がオリパラ初挑戦となるが、一昨年の「世界パラ陸上競技選手権大会」では日本人唯一の100m決勝進出者となった実力者だ。
さぞかし毎日練習漬けかと思いきや、その日常は意外なものだった。若手選手の2人はまず配属部署のデスクに直行し、午前中はデータ加工やコールセンター業務に従事。それも単なるサポート要員ではない。データ加工には専門の知識と技術が必要で、スタッフ管理にはマネージングスキルも求められる。トレーニングはそれらを終えた14時からで、業務の進ちょく状況によっては練習時間が削られることもあるという。
「確かに、競技力の向上だけを考えれば、練習に集中させることも選択肢のひとつでしょう。ですがアスリートには、いつか必ず引退がある。その時次のキャリアを築けなければ、仕事も目標も失って、後に残るのは過去の栄光だけ。それではあまりに夢がないと思いませんか。夢の舞台に立ってきた僕らは、たとえ立場が変わっても、人々に夢や希望を与え続けられる存在でなければいけないと思うんです」と、監督を兼任する松永選手は話す。
とはいえ、ライバル選手たちは、その間も1分1秒を惜しんで汗を流す。焦りはないのだろうか。そう問うと、生馬選手は「もちろん時間の余裕はありません。でも、その分効率を考え集中して取り組んでいるので、練習の質はむしろ高い」とさらり。佐藤さんも「一緒に仕事をしていると、同僚たちが心から応援してくれているのが伝わってくる。競技場で聞く歓声や声援ももちろん大きな力になりますが、身近な人の声に日々触れていると、『何としてもやり切らなければ』と自然とモチベーションも上がるんです」と前向きだ。事実、ふたりは『WORLD‐AC』に加わって以降、着実に記録を伸ばし続けてきた。そしてその理由を「今ある環境の中で結果を出そうとする必死さや、周囲の期待に応えたい気持ちが、重要な成長因子になっている」と、松永さんは分析する。ふり返るのは、かつて自身が五輪開催地で目にした町の風景だ。
「競技場や選手村はどれも真新しく立派に見えますが、いざ周辺の町並みに目を向けると、舞台の華々しさとは裏腹に驚くほど貧しい暮らしをする人たちを見かけることがあります。もちろんそれぞれの国が抱えるものはさまざまで、問題は貧困や紛争ばかりではない。日本にも、何らかの苦しみを抱えている人がたくさんいます。それを見て『五輪どころでは』という人もいるかもしれませんが、私は、アスリートの存在はそんな場面でこそ価値を持つと思っているんです。スポーツには文化も信仰も超えて人々の心をひとつにする力があります。そこに大金が投じられるのは、スポーツが人々の心を大きく揺さぶるものだからでもある。何もかもに恵まれているわけではない状況の中でも、自分のパフォーマンスが、何かあるいは誰かを、動かすきっかけになるかもしれない。そう信じるからこそ、僕らは上を目指し続けられるんです」。
競技生活と並行して若手選手の育成に力を注ぐのも、地域での陸上教室も、原点は同じ。アスリートとして、精一杯のものを還元したい。スポーツ振興を通じて、ひとりでも多くの人に感動や希望の力を届けたい。地元企業とともに立ちあげた『WORLD‐AC』は、いわばそのための屋台骨なのだ。
2020年夏まであと1年余り。世界の舞台でゴールを切ったその時に、選手たちは一体何を手にするだろう。そしてそれを見届けた私たちは、どれくらい大きく踏み出せるだろう。彼らが私たちからの大きな期待を背負っているように、私たちもまた、彼らの未来への思いを背負っている。
(タウン情報おかやま2019年8月号掲載より)