「魚文化を次世代へ伝えたい」。『ハレノワ』誕生と同時にリニューアルした、千日前の老舗鮮魚店。
表町商店街南端の「千日前ハレノワ通り」のある春の日の朝の風景。早朝5時、60年以上地域の食文化を支えてきた『魚のみやわき』の営業が始まります。
店舗奥に広がる空間に、水揚げされたばかりの魚が入ったトロ箱がずらりと並びます。中央の大型シンクは、スタッフが連係プレーをするメインステージ。勢いよく水を流しながら、次々と魚の頭やワタ、ウロコを取り除き、身をさばき、配達先ごとに周囲のトロ箱へ分配していきます。
朝の10時までは業務用販売が中心。瀬戸内海を中心に西日本の天然魚にこだわり、岡山の飲食店や首都圏からも注文が入るそう。
仕入れは午前4時過ぎから。ベテランスタッフが「岡山中央卸売市場」に出向いて競り落とします。「うちは市場の競りに直接参加できる買参権(ばいさんけん)を持っていて、できる限りご要望に合った上質なものを揃えるようにしています。お陰様で高級料亭やホテルとも多く取引させていただいています」。そうほほ笑むのは、3代目の宮脇由恵さん。
「新しい劇場とともに地域を盛り上げたい」と、『ハレノワ』のグランドオープンと同じ日に新装開店し、朝の活気が伝わる開放的な店舗にしました。
そして、ひと段落する10時に一般客向けの営業がスタート。ショーケースには新鮮な刺身や、店内で炙った自家製タタキなども登場。調理場からは続々と芳しい香りを放つ焼き魚や煮魚など作りたてが運ばれてきます。イサキやノドグロなど高級な焼き魚や、クリーミーな白子の天ぷらなど、魚屋ならではの掘り出し物も。
11時頃にはマグロ串カツの揚げたてがレジ横に。「ぶ厚いマグロを漬けにして揚げるので、何も付けなくてもおいしいですよ」と、総菜作りを担当するスタッフさん。魚料理はもちろんポテトサラダやヌタ、ヒジキの炒り煮など、素材の食感や風味を生かした絶妙の味付け。火・木・土曜限定の「魚屋女将の手作り弁当」は、正午前にはほぼ売り切れるとか。毎月23日限定販売の、地物のママカリ・サワラ・アナゴ・藻貝などが彩る郷土料理「ばら寿司」は、簡単に作れるキットも販売。60周年には、若い人も魚料理に親しめるよう、洋食メニューのお取り寄せブランド「KIBITSUYA Kitchin」を設立し、真鯛のアラの旨味を凝縮した「贅沢ブイヤベース」なども提供するようになりました。
「『ハレノワ』の公演スケジュールをチェックして、終演に合わせて弁当や総菜を余分に用意することも。特に演歌や歌舞伎などの公演の日は、特に多くの方が寄ってくださいます」と由恵さん。
「1962年に父が創業した当初は、飲食店への卸売専門だったんです。市場から仕入れた魚をリヤカーに乗せて表町周辺を回って行商して…。一時、今の『ハレノワ』が建っている場所に店を構えた後、1972年に目と鼻の先のこの地に移転しました。自宅も兼ねた店舗で、千日前に映画館が集まっていた頃は賑やかで。幼少期は商店街の友人の家やおもちゃ屋、映画館が遊び場でした」と語ってくれました。
1995年、東京の百貨店で修業していた2歳違いの兄・徹さんが2代目に。1998年、父の俊廣さんが亡くなり、その頃から店に出るようになった母を助けたいと、東京のイベント会社で働いていた由恵さんもUターン。経理や販促を担当し、ギフト&お取り寄せブランド「吉備津家」も立ち上げました。ところが、3年前に徹さんが病で急逝したため、由恵さんが2人の志を継いだのです。
「若い人にも専門店ならではの魚文化をどんどん伝えていきたいですね。『注文はどうしたらいいの?』と聞かれますが、欲しい魚がある場合、在庫を電話で確認してくださるとスムーズです。まるごと1匹買った魚を、刺身、切り身、鍋用などに切り分けてお渡しすることもできるので、気軽にオーダーしてくださいね。調理法を聞いてもらうのも大歓迎です」。
「最近は周辺にマンションがいっぱいできて、若い夫婦や子連れのお客さんが増えましたね。毎週土曜に、小学生の男の子とお父さんが一緒に買いにいらして…。そのお子さんが親御さんが見守るなか、YouTubeで調理法を見ながら料理するのだそうです。素敵ですね(笑)。今、魚の扱い方や、煮る、焼く、揚げるという基本的な調理法を、魚屋の視点でわかりやすく伝えるレシピカードも制作中です」。
今年から新たに第3土曜に設けた「おととの日」は、旬の魚満載の海鮮丼など特別メニューを用意し、たたき売りも計画中とか。「私たちはこの街に育てられたから、恩返しをしないと」と、どんなに翌朝が早くても、地域を盛り上げようと力を注ぐ由恵さん…。
取材班は帰り際、「私はもう、何十年もここに通っとるんよ。また来てあげてんなぁ」と、女性客に笑顔で声をかけられました。がんばる由恵さんや美味な魚に元気をもらえます。
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