旭川に育まれた旧城下町を舞台にプロデュース。「わが町」の新劇場と演劇界に思いを込めて…。
江戸時代、岡山城付近の旭川流域にかかる京橋(京橋町)は山陽道が通り、人や物資が集まる水陸交通の要衝だったとか。その近くで城下町として発展した表町商店街に、昨年開館したのが『岡山芸術創造劇場 ハレノワ』です。
実は『ハレノワ』がプレ事業を始めたのは、開館する6年も前から。演劇やダンス、伝統芸能など、さまざまな舞台芸術を市民が楽しみ、生み出せるよう、種まきを続けてきました。
プレ事業(2017~2022年度)に初年度から携わってきたのがNPO法人アートファーム。32年の長きにわたり、「地域社会と舞台芸術の融合」をテーマに多彩な創造活動を実践してきました。その発起人で、理事長兼プロデューサーの大森誠一さんに、活動に込めた思いを語っていただきました。
「僕らが岡山市から2017年に委託を受けて始めた『ハレノワ』のプレ事業プロデュースには、一貫したコンセプトがありましてね。それは、『劇場と地域をつなぎ、舞台芸術と市民をむすぶ』ということ。初年度から「わが町」シリーズと銘打って参加者を公募し、継続的に『ハレノワ』のある表町商店街や、隣接する京橋町を題材にした創作ワークショップを開いてきました」。
「たとえば2018年度(「わが町」ものがたり)は、表町商店街の各町内と京橋町から仏具屋さんや和菓子屋さんなど10種類の商売を選んで取材に伺い、それぞれ物語を創って街頭朗読劇を上演。翌2019年度(「わが町」シネマ)は、前年に創ったタオル屋さんの物語を題材に、商店街や京橋町周辺の風景を織り込んで映画『歩むなら』を創作しました。京橋町は城下町岡山の玄関口でしたからね。その歴史も大切にして、そこに暮らす人々の思いをちゃんと受け止めたい、というのもありました」。
そして、2020年度と2021年度のプレ事業は、表町商店街などを移動しながら上演するユニークなスタイルで、地元の伝承が題材のストリートミュージカルや、お年寄りの徘徊がテーマの演劇を披露して話題を呼びました。
実は、「アートファーム」の原点といえるのが、1992年の創立時から始めた「岡山河畔劇場」。旭川のような一級河川が中心市街地を流れるのは全国的にも珍しいことから、川を資源と捉えて「川のある街を劇空間にしよう」と、京橋周辺の河原やホールを舞台に舞台芸術の祭典を約20年間続けました。
「地方にいても、質が高い旬の演劇に触れる機会を増やしたい」。演劇好きだった大森さんのそんな熱い思いもあって、それまで岡山で見ることが難しかった、名作・名演との奇跡のような出合いを次々と実現させていったのです。唐十郎、つかこうへい、平田オリザ、岡山出身の坂手洋二など、話題の劇作家が演出する劇団や、日本を代表する公立文化事業集団「SPAC」(静岡県舞台芸術センター)の作品、柄本明や片桐はいりなど個性的な俳優のひとり芝居…。
そのうち、参加者の方から『演劇をやってみたい』という声が出るように…。そこで、舞台関係のプロを呼んでワークショップを開いたり、学校で出前授業を開いたりしました。その経験が、『ハレノワ』のプレ事業の礎にもなったのです。
「岡山市は劇団が少ないとも言われますが、演劇を行なう人自体は増えているのでは? 最近は、公演ごとに役者を公募したり、単発でユニットを組んで上演したりと、劇団にとらわれず、役者も多様化していると感じます。市民ミュージカルも活発になってますね」。
「劇団には、時間をかけて人を育てるという大きな役割があります。岡山市で、若手の育成に力を入れている劇団が『岡山劇団SKAT!!』さん。以前の公演で、入場者が約800人入ったと聞いてびっくりしました。それだけ人を集められるのがすごいなぁと…。そして、結成60年以上になる『劇団 ひびき』さんも世代交代の時期で、若手が増えているようです」。
「今は、舞台のほか、文学の人材育成にも力を入れています。岡山市は昨年、ユネスコ創造都市ネットワーク文学分野に加盟しましたね。これまでの成果では、『劇作家発掘トレーニング講座』を5年計画で実施し、受講者から戯曲賞をとった人が2人も出ました! その方たちは今も、岡山でお仕事をしながら演劇活動を続けておられます。今年度からは、『奉還町ラプソディー』の著者・村中李衣さんを講師に迎えて「文学クリエイター講座」を始めます」。
「アートファーム」は一昨年から、「岡山河畔芸術祭」の名で旭川河畔での祭典を復活。唐十郎の「劇団 唐組」によるテント芝居も3年連続で実現させています。
「『わが町シリーズ』をもう少し続けたいと思って…。『岡山河畔芸術祭』」で9月14日(土)・15日(日)・16日(月)に開く『軽トラ吟遊劇場』では、2018年の「わが町」ものがたりで創った、江戸時代創業の『大手まんぢゅう』の2代目お梅さんと、江戸時代に京橋から人力飛行機で飛んだ表具師・幸吉、この2本の京橋町の物語を、演者を募って朗読上演します。軽四トラックの荷台がステージに変身します」。
「今後は演劇だけでなく、音楽や映画などの出前も考えています。離島や山間部などの地域や、また障がいのある方、小さなお子さんがいるご家庭など、鑑賞が難しい方々にも笑顔を届けていけたらと。多様な創造の場を創っていきたいなぁと思っています。今度は『ハレノワ』ができたので、館内でも何かやってみたいですね(笑)」。
新しい劇場のある「わが町」で、アートな種まきはどんなふうに芽吹いて、岡山の芸術シーンで成長していくのでしょう。
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