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岡山芸術創造劇場 ハレノワ ~カウントダウン♪ 千日前から

深~い!新劇場「岡山芸術創造劇場」と千日前の誕生物語VOL.5

変わる 街をウォッチング。岡山芸術創造劇場~カウントダウン♪ 千日前から

  • 情報掲載日:2021.09.27
  • ※最新の情報とは異なる場合があります。ご了承ください。

音楽が彩りを添える街・千日前周辺を訪ねて。~タイムトリップ・音楽編~

2023年、『岡山市民会館』と『岡山市立市民文化ホール』を統合し、表町商店街千日前に開館する『岡山芸術創造劇場』。

これまでご紹介してきた通り、千日前はコンパクトな商店街ながら、世界三大サーカスのひとつ『木下サーカス』の発祥地であり、最盛期には映画館が7館もあった娯楽街でした。

そして、この千日前周辺、実は、楽器店やライブハウスが多いのも大きな特徴です。

音楽はすばらしい文化であり、映画や舞台にも欠かせないもの。今回は、音楽がどのようにこの界隈を彩ってきたかにフォーカスしてみます。

昭和初期まで上映されていた無声映画「活動写真」は、映像に合わせて弁士が語り、楽団が和洋の楽器で生演奏をするスタイルが主流でした。

そして、岡山でいち早く映画と音楽を結び付けて活動を始めたのは、意外にも日本初の孤児院でした。その名は、『岡山孤児院』(現在の岡山市中区門田屋敷)。1887(明治20) 年に石井十次が開院しました。

1898(明治31)年、ここで結成された「音楽幻燈隊」(のちの「音楽活動写真隊」)が、当時の孤児院の様子を収めた活動写真の上映と生演奏をして支援金を集めていました。

「その活動は評判となり、九州から北海道まで、また台湾やハワイなどの海外にも遠征していたようです。音楽隊に所属していた子どもたちのなかには、映画館で生演奏をする楽士になった子もいたのではないでしょうか」。

そう思いを巡らせたのは「岡山芸術創造劇場」の江原久美子さん。

『岡山芸術創造劇場』プレ事業「いどばた会議」の第5回(2021年4月開催)のテーマは「表町と音楽」でした。「いどばた会議」は、千日前周辺の歴史を振り返りながら新劇場の役割などを考えるイベントですが、音楽を切口にすると、また改めてこのまちの底力に気づかされます。

▲第5回いどばた会議の様子。『岡山芸術創造劇場』プレ事業、第5回「いどばた会議」。「表町と音楽」をテーマに、なにげなく通る街を再発見させてくれた(提供/岡山芸術創造劇場)

大正時代から急速に映画館が増えていった千日前界隈には、きっと楽団の楽士たちが多く往来していたことでしょう。
千日前で発祥した『木下サーカス』。この前身である芝居小屋『旭座』があった岡山市西中島町では、青年団が市役所とともに音楽隊を編成し、1897(明治30)年に岡山後楽園の能舞台で洋楽器の演奏を披露しました。

また、岡山出身の日本初のジャズサックス奏者で、大正から昭和にかけて活躍した前野港造は、『岡山県庁吹奏楽団』の指導もしていたそうです。

1899(明治32)年、千日前に豪華な西洋風ホテル『岡山ホテル』が誕生。ロビーではピアノが奏でられていたとか…。
「千日前周辺はキャバレーも多く、バンドの生演奏がありました。それらがライブハウスの起源になったのかもしれませんね」と江原さん。

もしかしたら、その流れで、このエリアに楽器店も増えていったのかもしれません。

洋楽器の音色が庶民の耳に馴染みだした頃、岡山初のピアノ調律師が登場します。

それは、表町商店街・新西大寺町にある『長谷川楽器店』の創業者・長谷川弥吉さん。今回、弥吉さんの孫にあたる、3代目・長谷川誠社長に話を伺いました。

「『長谷川楽器店』は1924 (大正13)年、岡山市内山下で祖父が創業しました。その当時、ピアノはかなりの高級品のため、当然ピアノを買えない人の方が多い。そこで、祖父は自らオルガンを制作して、学校などに販売していたそうです」。

▲3代目・長谷川誠社長

1950(昭和25)年、父・長谷川金吾氏が会社を設立。本格的に楽器販売を始め、1967(昭和42)年、今の場所に移転しました。この頃、表町に店を構えるのは岡山の人にとってステイタスだったようです。

▲創業97年になる、楽器店の老舗『長谷川楽器店』。1967(昭和42)年に表町商店街に内山下から移転オープン。建物は旧『電通岡山支店』だった
▲現在の長谷川楽器店。1976(昭和51)年に建てられた店舗は、半地下や中2階を取り入れ、限られたスペースを有効活用したユニークな構造。スタジオやレッスン室を備え、音楽教室も展開。プロのアーティストたちも巣立った

「それから高度成長期を迎えると、楽器は飛ぶように売れたと聞いています。音楽のあるシーンが一般家庭の中に浸透し、庶民の生活の一部になっていたことの証といえるでしょう」。

▲スタッフが知恵を出し合い、工夫を凝らした店舗は長谷川誠社長の自慢。珍しい楽器にもお目にかかれる

そして、1928(昭和3)年、『岡山市民会館』の原点となる『岡山市公会堂』が現在の岡山県庁所在地に誕生します。大原美術館本館の設計で知られる、総社市出身の薬師寺主計が設計した洋風建築でした。

▲現在は岡山県庁が建っている場所にあった『岡山市公会堂』(提供/岡山県立記録資料館)

しかし、1945(昭和20)年、岡山大空襲。屋根が破損する被害を受け、戦後に修復されてしばらく利用されていました。

「戦争が終わり、昭和20年代から、この公会堂では年末になると市民が第九を混声合唱で歌うのが恒例になりました。この頃は、バイオリンやハーモニカ、オルガンなどの教室も盛んになっていたようです」。

▲地方にオーケストラを呼ぶのは難しかった時代、『岡山市公会堂』で神戸からオーケストラを招いて演奏会が開かれた1954(昭和29)年 (提供/長谷川楽器店)
▲1956(昭和31)年に『岡山市公会堂』で開催された「岡山県庁吹奏楽団」のコンサート(提供/岡山県立記録資料館)

「ちなみに、私が子どもの頃(昭和33年生まれ)は、表町商店街は迷子やスリが多発するくらい、人混みでごった返していたんですよ」と長谷川さん。

表町商店街は当時、人口自体も多かったのですが、近年はドーナツ化現象で減少する一方でした。しかし、最近、周辺にマンションがどんどん建ち、さらに『岡山芸術創造劇場』も千日前に建設されることに。

「『岡山芸術創造劇場』ができることで、商店街の人口や訪れる人が増えて活気が戻ってくることを期待しています。『岡山芸術創造劇場』は演劇やダンスの創造の場として注目され、また同時に、音楽文化のすばらしさも改めて注目されていくでしょう。音楽全般はもちろん、若い人たちに人気のある軽音楽も、今まで以上に盛り上がっていくと嬉しいですね」。

表町の南端、千日前周辺は楽器店やライブハウスが多く、音楽を愛する人々が集う街。この街に生まれる『岡山芸術創造劇場』は、さらなる音楽文化発展の大きな「きっかけ」になることでしょう。2021年7月には表町商店街に、岡山芸術創造劇場のスタッフが常駐する『まちなか集会所kikkake!』が開所されました。こちらで新劇場に関する最新情報がゲットできますよ~!

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